【水曜連載11】プロアスリートの技術を一般に|肩甲骨の下方回旋不全—猫背世代のオーバーヘッドプレス・懸垂を破壊する肩甲上腕リズムの真実

2026.07.22

パパ、お客さんが「オーバーヘッドプレスで肩を上げると途中でカクッと引っかかる感じがする」って言ってたんだけど……Vol.7の肩関節インピンジメントの話とは違うの?🐾

関連はしているけど、今回は「肩甲骨側」の問題ね。腕を上げる動作は上腕骨だけじゃなく、肩甲骨も一緒に回転しないと成立しない。その協調運動が猫背姿勢で止まってしまうのよ。パパ、その真実を語りなさい。🐾

皆さん、こんにちは。LiAiL代表の乳井雅和です。
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20,000セッションを超える指導の中で、オーバーヘッドプレスや懸垂で肩の違和感を訴えるお客様の多くに共通して見られるのが、肩そのものではなく「肩甲骨が正しいタイミングで回転していない」という問題です。Vol.5では胸椎回旋制限を、Vol.7では肩関節インピンジメントの基礎をお伝えしました。今週Vol.11では、その両方を繋ぐ——「肩甲骨の下方回旋不全が猫背世代のオーバーヘッドプレス・懸垂を破壊する肩甲上腕リズムの真実」を解説します。

(👉 【水曜連載Vol.5】胸椎回旋制限はこちら
(👉 【水曜連載Vol.7】肩関節インピンジメントはこちら
(👉 【水曜連載Vol.10】腸腰筋の短縮と殿筋抑制はこちら

「肩が痛いから肩をストレッチする」——実はこれ、原因が背中側にある場合、根本的な解決になりません。腕を上げる動作の主役は、上腕骨だけでなく肩甲骨でもあるからです。


1. 肩甲上腕リズムとは何か——肩甲骨と上腕骨の「2:1」協調運動

肩甲上腕リズム(Scapulohumeral Rhythm)とは、腕を横や前から挙げる際に、上腕骨(腕の骨)と肩甲骨が一定の比率で協調して動く生理学的なパターンを指します。一般的に、腕を180度挙上する過程で、上腕骨が約120度、肩甲骨の上方回旋が約60度という、おおよそ2:1の比率で分担すると言われています。

この協調運動が正常に機能して初めて、肩峰(肩甲骨の突起)と上腕骨頭の間のスペースが確保され、腱板や滑液包が挟み込まれずに腕を挙げられます。肩甲骨の上方回旋が不足すると、このスペースが物理的に狭くなり、Vol.7で解説したインピンジメントが起こりやすくなります。


2. 猫背姿勢が肩甲骨の動きを止める理由

Vol.5で解説した胸椎の後弯(丸まり)が強い姿勢——いわゆる猫背——では、肩甲骨は胸郭の丸みに沿って前傾し、下方回旋・内転しにくい位置に固定されます。この状態が長時間続くと、肩甲骨まわりの筋バランスそのものが変化していきます。

具体的には、肩甲骨を上方回旋させる主働筋である前鋸筋(ぜんきょきん)が働きにくくなる一方、僧帽筋上部が代償的に過緊張します。「肩がすくむ」「首や肩上部が常に張っている」という訴えの多くは、この前鋸筋の機能低下と僧帽筋上部の過緊張がセットで起きているサインです。


3. デスクワーク世代に起きる典型的な代償パターン

実際の指導現場で最も多く見られるのが、オーバーヘッドプレスで腕を頭上まで挙げる際、肩甲骨の上方回旋が可動域の途中で止まり、代わりに腰を反らせて代償するパターンです。肩甲骨が仕事をしない分、可動域を確保するために腰椎の過伸展に頼ってしまい、肩だけでなく腰にも負担が波及します。

懸垂(プルアップ)では逆に、肩甲骨を下方に引き下げる動き(下制)が使えず、僧帽筋上部だけで肩をすくめるように引き上げる代償が典型的です。この場合、広背筋や前鋸筋主導の「正しい懸垂」の感覚が育たず、首や肩上部だけが疲労し、可動域の割に効果の薄いトレーニングになってしまいます。

いずれのケースも、肩関節そのものの柔軟性を上げるだけでは解決しません。胸椎の可動性と肩甲骨周囲筋のバランスという、より根本の部分にアプローチする必要があります。

📚 専門的エビデンス
Ludewig PM, Cook TM. “Alterations in shoulder kinematics and associated muscle activity in people with symptoms of shoulder impingement.” Physical Therapy, 2000;80(3):276-291.
PubMedで詳しく見る

本研究はオーバーヘッド作業への曝露度を揃えた建設作業員52名を対象に、肩インピンジメント症状のある群とない群の肩甲骨の動きを比較した基礎研究です。症状のある群では、腕の挙上時に肩甲骨の上方回旋と後傾(後方への傾き)が有意に減少し、前鋸筋の活動低下と僧帽筋上部の活動増加が同時に確認されました。肩甲骨の動きの異常が、腱板や滑液包へのスペースを物理的に狭めるメカニズムを裏付けた研究として広く引用されています。


4. LiAiL式「肩甲骨の下方回旋不全を解消する5つの介入」

  1. 胸椎伸展モビリティを先に確保する:Vol.5で解説した胸椎回旋・伸展のモビリティドリルは、肩甲骨が上方回旋するための土台になります。猫背姿勢のまま肩甲骨だけを動かそうとしても、根本的な可動域は生まれません。
  2. 前鋸筋を随意的に活性化する:プッシュアッププラス(腕立て伏せの姿勢から肩甲骨だけをさらに前方へ押し出す動作)で、抑制されがちな前鋸筋を意識的に働かせます。オーバーヘッド動作前のウォームアップに組み込むと効果的です。
  3. 僧帽筋上部の過緊張をリリースする:デスクワーク後に肩がすくんだ状態が続いている場合、僧帽筋上部が過剰に働きやすい状態にあります。フォームローラーやセルフマッサージで緊張を緩めてから、②の前鋸筋活性化に進むと代償が起きにくくなります。
  4. オーバーヘッド動作前に肩甲骨のセットアップを習慣化する:プレスや懸垂を始める前に、肩甲骨を軽く下制・後退させてから動作に入る「セットアップ」を毎レップ意識してください。動作の主導権を肩甲骨に取り戻す第一歩になります。
  5. 引っかかり感や痛みがある場合は自己判断で継続しない:すでに挙上時の引っかかりや痛みが出ている場合、代償パターンの修正だけでは改善しないケースもあります。無理にフォーム修正を続けず、医療機関や専門家への相談を優先してください。

まとめ:肩の痛みの多くは「肩甲骨が仕事をしていない」サインである

水曜シリーズこれまでの流れを振り返ります。

  • Vol.5:胸椎回旋制限がパワーを奪う
  • Vol.7:肩関節インピンジメントの基礎構造
  • Vol.10:日常姿勢が下半身の代償パターンを生む
  • Vol.11:同じ「日常姿勢の代償」が上半身では肩甲骨の下方回旋固定として現れる

次週Vol.12では、「広背筋の柔軟性不足がオーバーヘッド動作を制限する理由——ラットプルダウンとプレスを両立できない解剖学的な壁」を解説します。今回の肩甲骨の話をさらに深掘りする内容です。


✒️ 執筆者プロフィール

乳井 雅和(Masakazu Nyui)
パーソナルジム LiAiL(リアイル)代表

米国大学にて解剖学、栄養学、運動生理学を専攻。13年にわたり製薬・医療機器業界に従事し、数百件以上の手術現場への立ち合いを通じて、人体の内部構造をリアルに把握してきた類稀な経験を持つ。その圧倒的な知識量は、一般のお客様のみならず、各競技のプロアスリートからも厚い信頼を寄せられるほど。「根拠のない指導で、お客様の大切なお金と時間を奪う嘘の情報をなくしたい」という強い信念を持ち、フィットネス業界全体のレベルアップを自らの使命としている。科学的な「正しい設計図」に基づき、お客様が「今の自分が一番好き」と胸を張れる人生をプロデュース。愛犬のムース・ウメ・小太郎を家族のように愛する、誠実な伴走者。

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LiAiL 運営会議:本日のまとめ

「肩の痛みの多くは肩甲骨が仕事をしていないサイン」——目からウロコ!肩だけストレッチしてても解決しないんだね🐾

オレは肩甲骨で耳をかく特技があるんだが、これは上方回旋が優秀ってことでいいのか?🐾

小太郎、それは犬の柔軟性の問題よ。来週Vol.12は「広背筋の柔軟性不足」——ラットプルダウンとプレスを両立できない解剖学的な壁を解説するわ。🐾


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