【土曜連載15】強く・美しく・動ける体を作る科学|スティッキングポイントの科学|LiAiL
パパ、Vol.14で呼吸法を覚えたお客さんが「体幹は安定したのに、ベンチプレスがいつも同じ高さで止まる」って言ってたんだけど……これって単純に力不足なの?🐾
それは「スティッキングポイント」という、種目ごとに決まった場所で起きる生体力学的な現象よ。単純な力不足だけでは説明できないの。パパ、その正体を語りなさい。🐾
皆さん、こんにちは。LiAiL代表の乳井雅和です。
(👉 代表・乳井の詳しいプロフィールはこちら)
パワーリフティング競技者として、そして20,000本以上のセッションで多くの挙上を見てきた中で、「いつも同じ場所で潰れる」という相談は非常に多いテーマです。多くの方は「そこの筋肉が弱いから」と考えますが、実際にはもっと複雑な生体力学的要因が絡んでいます。
今回のVol.15では、挙上動作の途中で急激に難易度が上がる「スティッキングポイント」がなぜ起きるのか、種目ごとにどこで起きやすいのかを科学的に解説します。
(👉 【土曜連載Vol.1】重量を支配する神経系ハックはこちら)
(👉 【土曜連載Vol.4】メカニカルテンションと代謝ストレスはこちら)
(👉 【土曜連載Vol.10】オートレギュレーションの科学はこちら)
「そこの筋肉が弱いから止まる」とは限りません。関節の角度によって、同じ筋力でも発揮できる力が変わることが根本原因です。
1. スティッキングポイントとは何か「止まる場所」には法則がある
Kompf J, Arandjelović O(Sports Medicine, 2016)は、スティッキングポイントを「動作の中で、続けることの難易度が不釣り合いに大きく増加する局面」と定義しています。限界まで追い込んだセットでは、この地点がそのまま「潰れる位置」になります。
重要なのは、スティッキングポイントはランダムに起きるのではなく、種目ごとにほぼ決まった関節角度で再現性を持って発生するという点です。これは単純な「筋力不足」ではなく、関節の構造そのものに由来する生体力学的な必然です。
2. なぜそこで止まるのか。3つのメカニズム
① モーメントアーム(てこの腕)の変化
関節が生み出せる「トルク(回転力)」は、筋力そのものだけでなく、関節からバーベルまでの距離(モーメントアーム)にも左右されます。動作の途中でこの距離が不利な角度になると、同じ筋力でもバーベルを押し返す力が実質的に低下します。
② 筋の長さ-張力関係
筋肉は、伸びきった状態でも縮みきった状態でもなく、ある程度の長さの時に最も強い力を発揮できます。動作の途中で主動筋がこの「最適な長さ」から外れる瞬間があり、そこが弱点になります。
③ 力-速度関係|加速から減速への切り替わり
Kompf & Arandjelović(2016)は、動作序盤の加速によって生まれた慣性が失われ、バーベル速度が減速に転じるタイミングも、スティッキングポイントの発生と密接に関わることを指摘しています。Vol.1で解説した神経系の出力の立ち上がりが遅いと、この減速局面がより顕著に現れます。
📚 専門的エビデンス
Kompf J, Arandjelović O. “Understanding and overcoming the sticking point in resistance exercise.” Sports Medicine, 2016.
PubMedで詳しく見る
本レビューはスティッキングポイントを扱った代表的な文献で、モーメントアーム・筋の長さ-張力関係・力-速度関係という複数のメカニズムが複合的に作用することを整理しています。「弱点部位の筋トレだけでは解決しない場合がある」という実践的示唆を与える重要な研究です。
3. 種目別スティッキングポイントの位置とLiAiLの対策
Kompf & Arandjelović(Sports Medicine, 2017)では、ベンチプレス・スクワット・デッドリフトそれぞれで異なる位置にスティッキングポイントが現れることが整理されています。ベンチプレスは胸から離れて中間あたりの高さ、スクワットはパラレル(大腿が床と平行)を過ぎたあたり、デッドリフトは膝を通過するあたりで最も難易度が上がりやすいことが報告されています。
Vol.10で解説したRPE・RIRを使えば、セットの中で「どの高さから急にRPEが跳ね上がるか」を記録し、自分自身のスティッキングポイントを特定できます。女性クライアントの場合、月経周期による筋力変動(火曜連載Vol.2参照)で、普段より低い重量でもスティッキングポイントを強く感じる日があることも珍しくありません。(👉 【火曜連載Vol.2】月経周期の4フェーズと代謝変動はこちら)
LiAiL式「スティッキングポイントを攻略する5つの科学的介入」
- 自分のスティッキングポイントを特定する:限界に近いセットで「どの高さから急にきつくなるか」を毎回観察・記録し、種目ごとの弱点位置を把握します。
- ポーズ(一時停止)トレーニングを取り入れる:スティッキングポイント付近で数秒静止してから再始動する種目を組み込むと、その位置での加速力を養えます。
- スティッキングポイント前で切るパーシャルレップを活用する:弱点位置の手前までの範囲だけを反復するパーシャルレップは、その手前の筋力を集中的に強化する手段になります。
- 序盤の加速を強く意識する:Vol.1の神経系ハックを活用し、動作開始時にできるだけ速く力を立ち上げることで、減速局面での失速を軽減します。
- 可変抵抗(チェーン・バンド)の活用も検討する:動作の後半にかけて負荷が増えるチェーンやバンドは、スティッキングポイント以降の局面に刺激を集中させる方法として研究でも報告されています。詳細は来週解説します。

※特定の位置で毎回痛みを伴う場合、それは弱点ではなく怪我のサインである可能性があります。違和感がある場合は無理をせず専門家にご相談ください。
まとめ:「止まる場所」を知ることが弱点克服の第一歩である
土曜連載Vol.1〜15の流れを振り返ります。
- Vol.1:神経系が重量を支配する
- Vol.2:セット数・レップ数が筋肥大を決める
- Vol.3:下ろす動作(エキセントリック)が筋肉を育てる
- Vol.4:メカニカルテンションと代謝ストレスが相乗する
- Vol.5:漸進性過負荷が成長の絶対条件
- Vol.6:レップ帯ごとに効果が異なる
- Vol.7:インターバルが筋力・筋肥大を左右する
- Vol.8:頻度が回復と成長のバランスを決める
- Vol.9:期分けが全ての要素を年間設計にまとめる
- Vol.10:オートレギュレーションが設計図を現場で機能させる
- Vol.11:ピーキングとテーパリングが疲労を記録に変換する
- Vol.12:リカバリー手段は目的に応じて選ぶべきもの
- Vol.13:ストレッチはタイミングで味方にも敵にもなる
- Vol.14:呼吸が脊柱を支える天然のベルトになる
- Vol.15:止まる場所には生体力学的な理由がある
次週Vol.16では、「可変抵抗トレーニング(チェーン・バンド)の科学|スティッキングポイントを狙い撃つ技術」を解説します。今週特定した「弱点の位置」を、実際にどう鍛えるかの実践編です。
✒️ 執筆者プロフィール
乳井 雅和(Masakazu Nyui)
パーソナルジム LiAiL(リアイル)代表
米国大学にて解剖学、栄養学、運動生理学を専攻。13年にわたり製薬・医療機器業界に従事し、数百件以上の手術現場への立ち合いを通じて、人体の内部構造をリアルに把握してきた類稀な経験を持つ。その圧倒的な知識量は、一般のお客様のみならず、各競技のプロアスリートからも厚い信頼を寄せられるほど。「根拠のない指導で、お客様の大切なお金と時間を奪う嘘の情報をなくしたい」という強い信念を持ち、フィットネス業界全体のレベルアップを自らの使命としている。科学的な「正しい設計図」に基づき、お客様が「今の自分が一番好き」と胸を張れる人生をプロデュース。愛犬のムースとウメを娘のように愛する、誠実な伴走者。
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LiAiL 運営会議:本日のまとめ
ベンチ・スクワット・デッドリフトで止まる位置が違うって、言われてみれば当たり前なのに意識したことなかった!記録する習慣が弱点発見の第一歩だね🐾
オレも綱引きでいつも同じところで踏ん張れなくなるんだが、あれもスティッキングポイントか?🐾
小太郎、それは単純にスタミナ切れよ。来週Vol.16は「可変抵抗トレーニングの科学」チェーンやバンドでスティッキングポイントを狙い撃つ方法を解説するわ。🐾











