【水曜連載15】プロアスリートの技術を一般に|ベンチプレスの肩甲骨後退を疑え|LiAiL
パパ、ベンチプレスで「肩甲骨を寄せて固定しろ」ってよく言うけど、寄せれば寄せるほど良いってこと?🐾
そこにトレードオフがあるのよ。肩甲骨を寄せると肩は守られるけど、実は大胸筋の働きは下がるという研究結果があるの。パパ、その通説の裏側を語りなさい。🐾
皆さん、こんにちは。LiAiL代表の乳井雅和です。
(👉 代表・乳井の詳しいプロフィールはこちら)
20,000セッションを超える指導の中で、そしてパワーリフティング競技者としての経験の中でも、「肩甲骨は寄せて固定するほど正義」という指導を数え切れないほど見聞きしてきました。Vol.13ではニーインの通説を、Vol.14では握力の壁の通説を疑いました。今週Vol.15も同じ切り口で「ベンチプレスの肩甲骨後退を疑え。固定しすぎが挙上パフォーマンスを下げる理由」を解説します。
(👉 【水曜連載Vol.7】肩関節インピンジメントはこちら)
(👉 【水曜連載Vol.11】肩甲骨の下方回旋不全はこちら)
(👉 【水曜連載Vol.14】握力の壁を疑えはこちら)
「肩甲骨を寄せて固定しろ」というアドバイス自体は間違いではありません。ただし、それが「常に・誰にとっても最善」とは限らないというのが、今回お伝えしたい真実です。
1. 肩甲骨後退とは何か。なぜ「寄せて固定」が推奨されてきたのか
ベンチプレスにおける肩甲骨後退(スキャプラーリトラクション)とは、両方の肩甲骨を背骨側に寄せ、ベンチに対して安定した土台を作るセットアップのことです。この動きにより、ベンチとの接地面積が増え、肩関節の位置が安定し、大胸筋がより伸張された状態からスタートできるとされてきました。
特にパワーリフティング競技の世界では、肩甲骨をしっかり固定することが安全性とバーコントロールの両面で長年推奨されてきました。この考え方自体は、次に述べる通り、肩関節を守るという点では実際に裏付けがあります。
2. 通説を疑う「肩を守る」と「大胸筋を働かせる」はトレードオフの関係にある
近年のバイオメカニクス研究により、肩甲骨後退には明確な二面性があることが分かってきました。肩甲骨をしっかり後退させると、Vol.7で解説した腱板(ローテーターカフ)への負担が減少し、肩関節が上腕骨頭を中心に安定しやすくなります。その一方で、同じ研究では肩甲骨を後退させた条件で大胸筋の活動レベルが低下することも確認されています。
つまり、肩甲骨後退は「肩関節を守る」という安全面では優れている一方、「大胸筋を最大限働かせる」というパフォーマンス・肥大面では必ずしも最適ではないという、単純な白黒ではないトレードオフの関係にあるのです。なお、最大挙上重量(1RM)そのものについては、肩甲骨の後退度合いによる有意差は確認されていない研究もあり、「固定すれば必ず重量が伸びる」という説明も過度な単純化と言えます。
3. 現場での使い分け。目的によって最適解は変わる
実際の指導現場では、この使い分けが重要になります。パワーリフティング競技を志向するお客様や、肩の既往歴があるお客様には、安全性を優先して肩甲骨をしっかり後退させたセットアップを徹底します。一方、純粋に大胸筋の肥大を狙うトレーニーの場合、肩甲骨を過度に固定しすぎることで、かえって大胸筋への刺激が逃げてしまうケースも見られます。
また、Vol.11で解説した通り、肩甲骨は本来ダイナミックに動く関節です。ベンチプレスで完全に固定し続けることが、Vol.11の肩甲上腕リズムの学習にとってはむしろ制限的に働く可能性もあり、「常に固定」という一律の指導が全ての目的に合うわけではないことを理解しておく必要があります。
📚 専門的エビデンス
Noteboom L, Belli I, Hoozemans MJM, Seth A, Veeger HEJ, Van Der Helm FCT. “Effects of bench press technique variations on musculoskeletal shoulder loads and potential injury risk.” Frontiers in Physiology, 2024;15:1393235.
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本研究は筋骨格モデルを用いたシミュレーションにより、ベンチプレスの様々な技術バリエーションが肩関節の負荷とケガリスクに与える影響を比較したものです。肩甲骨後退の条件では、肩関節後方へのせん断力とローテーターカフの活動量が減少し、肩関節の不安定性・腱板障害のリスク低減につながる可能性が示されました。一方で同じ条件下では大胸筋の活動レベルが低下することも確認されており、安全性とパフォーマンスがトレードオフの関係にあることを裏付けています。
4. LiAiL式「肩甲骨後退を正しく使い分ける5つの介入」

- 高重量・関節保護を優先する日は肩甲骨をしっかり寄せて固定する:1RM挑戦やパワーリフティング競技志向のセッションでは、安全性を最優先し、肩甲骨後退を徹底したセットアップを行ってください。
- 大胸筋の肥大を狙う日は過度な固定にこだわりすぎない:ボリューム重視の高レップセットでは、肩甲骨を軽く安定させる程度に留め、大胸筋の伸張・収縮感を優先したフォームも選択肢に入れてください。
- 肩の既往歴があるお客様には肩甲骨後退を優先する:Vol.7で解説したインピンジメントの既往や肩の不安定感があるお客様には、パフォーマンスよりも安全性を優先し、肩甲骨後退を基本フォームとして採用してください。
- Vol.11の肩甲骨モビリティと併用する:ベンチプレスで固定を学んだ後は、別のセッションでVol.11の肩甲骨モビリティドリルも継続してください。「固定できる」ことと「動かせる」ことは別の能力であり、両方を維持することが長期的な肩の健康につながります。
- 肩に痛みや引っかかりがある場合は自己判断で継続しない:フォームの調整だけで解決しない肩の痛みや引っかかりがある場合、医療機関や専門家への相談を優先してください。
まとめ:「固定するほど良い」ではなく「目的に応じて選ぶ」が正しい
水曜シリーズこれまでの流れを振り返ります。
- Vol.7:肩関節インピンジメントの基礎構造
- Vol.11:肩甲骨は本来ダイナミックに動く関節である
- Vol.14:握力の壁は「弱さ」ではなく構造の問題である
- Vol.15:肩甲骨後退は「安全性」と「パフォーマンス」のトレードオフであり、一律の正解はない
次週Vol.16では、「ウォームアップの常識を疑え——静的ストレッチが直前のパフォーマンスを下げる理由」を解説します。今回の「トレードオフを理解する」という視点を、ウォームアップの設計に応用する内容です。
✒️ 執筆者プロフィール
乳井 雅和(Masakazu Nyui)
パーソナルジム LiAiL(リアイル)代表
米国大学にて解剖学、栄養学、運動生理学を専攻。13年にわたり製薬・医療機器業界に従事し、数百件以上の手術現場への立ち合いを通じて、人体の内部構造をリアルに把握してきた類稀な経験を持つ。その圧倒的な知識量は、一般のお客様のみならず、各競技のプロアスリートからも厚い信頼を寄せられるほど。「根拠のない指導で、お客様の大切なお金と時間を奪う嘘の情報をなくしたい」という強い信念を持ち、フィットネス業界全体のレベルアップを自らの使命としている。科学的な「正しい設計図」に基づき、お客様が「今の自分が一番好き」と胸を張れる人生をプロデュース。愛犬のムース・ウメ・小太郎を家族のように愛する、誠実な伴走者。
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LiAiL 運営会議:本日のまとめ
「固定するほど良い」じゃなくて「目的で選ぶ」——このシリーズ、毎回思い込みが崩される快感がある🐾
オレは寝る時に肩甲骨を寄せる習慣があるんだが、これはベンチプレスの練習になってるのか?🐾
小太郎、それはただの寝相よ。来週Vol.16は「ウォームアップの常識を疑え」——静的ストレッチが直前のパフォーマンスを下げる理由を解説するわ。🐾











